インターネットの時代に我々科学者が伝えられること

この数年、特に東日本大震災以降、本などの紙媒体、TV本体、またはTVを媒体とした局、新聞などのマスコミ、デパートなどの店舗や中間卸などの商業媒体、音楽CD、果ては学びの場、クルマまでが不要論として取りだたされている。

その悪しき原因は勿論「インターネット」。本出現によって情報インフラが爆発的に整った。分からないことはなんでも教えてくれる。知識はもはや必要でなく、それらをどう使うか、が今後問われる。そういう意味では知識詰め込み型の日本的な教育も、それこそ斜陽的になるべきだしそうなって欲しい。

たしかにこの発達したインターネットは生きていく上でほぼすべての活動が行えるのでは。食事のレシピ、食材はネットで簡単にスーパーのHPから取り寄せ可能。欲しい品はアマゾンや楽天が、スポーツ中継やアニメだってネットで見られる時代だ。アルバムもネット上、今回の金星太陽面通過だって自分もライブストリーミングを行ったが、そうやって全国の状況をディスプレイ上で確認できる時代、便利である。自分はこれに賛成も反対もない。科学技術が進む道には善悪はない。人としてうまく利用するだけだ。

しかしそれでもネットではできないことがある。ロジスティクスが重要なのは言うまでもないが、それは置いといて、人が本来経験する「実体験」、これはいくらインターネットが発達しても不変、普遍のものである。画面上でその事実は見聞きは確かにできるが、それを実際に体験するのとは全く違う、心に突き刺さる。

手前味噌で恐縮だが本「星空サイエンスツアー」もそのひとつ。画面上で平面的な流れ星を見るより、実際に出るかどうかドキドキしながら待って出た時の立体感は何をもっても変えられない。望遠鏡で見る実際の土星を見たことがあるか?まさに宇宙空間に「浮いている」という表現が見たことある人なら分かるはず。

この実体験から科学や叡智に対して興味を持つ。向上心を持つ。そして能動的に学ぼうとする。ポジティブフィードバックな自然な成り行きである。PC上で決して得られないことを経験豊富な研究者で行なっていくこの「サイエンティフィック・グローバル.net」、ご期待ください。

朝霧高原の夜空。しし座流星群星空サイエンスツアーを行った時のヒトコマ。


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