(データ)サイエンティストになれる人なれない人

まあここでいうサイエンティストは所謂人手不足になりつつあるデータサイエンティストを対象にして言及するわけですが、勿論アカデミックなサイエンティストも当てはまるでしょう。このサイエンティスト=科学者、研究者ですが、往々にして向く人向かない人がいるわけです。最近の記事ではこの辺りなど参考にすると良いです。

学歴でもスキルでもない――優れたデータサイエンティストとしての素質を見きわめる6つのチェック項目 – Y!ニュース BUSINESS http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20130507-00010001-biz_it_mk-nb

の中に、

1.物事を知る・認知するということに対して敬虔な態度を持ち、すべてにおいて、より深い理解を得ようと調べる姿勢があること

2.行動の動機は「創造的であること」であり、単なるソリューションを求めるよりも、そこにエレガントさを追求する創造性を持ちたいと思っていること

3.「正しい方法で物事を処理したい」という強い思いを持ち、周囲の人にもそうであるように奨励すること

4.品質や標準に対する感覚、細かいところにも目を向ける感覚を持ち、他人に対しても、しばしばこうした視点で評価すること

5.感情を抑制し、寡黙になる傾向があり、チームや社内ミーティングの場でも、質問されたり、自分視点で重要なトピックについて話し合われたりしていなければ、ほとんど言葉を発しないこと

6.事実やデータ、潜在的な可能性を思慮深く分析した後にのみ、計算や経験に基づいてリスクを取り、また感情に流されることなく、事実やデータ、ロジックを通じ、細心の注意を払ってチームの他メンバーを説得できること

 

という6つの指摘点が述べられています。さんざん訓練されてきた私としましては当然なわけですが(いや時々、、、なこともありますが)、これができずに大学での勉強をあきらめて就職した方も多いと思います。感情的に(でなくても)恫喝したり怒ったり叱ったりは論外なわけです。

世の中には頭の良い方は確かにいらっしゃいます。しかしながら明晰な頭脳を持ちながらも、いまいち社会で受けいられない方々もいらっしゃいます。その中の一つが「高機能自閉症スペクトラム」、いわゆるアスペルガー症候群の方です。

彼らはある点において突出した才能を持つことがしばしばあります。その場でコンシステントでない感情的なディシジョンを嫌い、論理を貫きます。その特徴ですが以下の様な感じです。

興味の対象に対して、きわめて強い、偏執的ともいえる水準での集中を伴う、社会一般の興味や流行にかかわらず、独自的な興味を抱くケースが見られる。

また一般的に、順序だったもの、規則的なものを魅了する。

それらと逆に、予測不可能なもの、不合理なものは嫌う対象となる。突然のアクシデントや、論理的に話し合いのできない感情的な人間なども、その例である。

彼らはしばしば非常に洗練された知性、ほとんど頑固偏屈とも言える集中力、一見些細に見える事実に対する膨大な(時に、写真を見ているかのような詳細さでの)記憶力などを示す。

症候群という表現は、アスペルガーの人は障害者(異常)で、その他の者は定型発達者(正常)というように感じる。しかし、特徴の見かたを変えると、客観的で、事実を正確に理解して表現することに長けているともいえる。 以下に挙げられている「言葉を額面どおりに受け取る」や「些細なことにこだわる」という特徴も「厳正に規則を守る」と言い換えることができる。 例えば、パソコンのように順序だったものや規則的なものに興味を持てば、才能を開花させることも可能である。

アスペルガー症候群 – Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%BC%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4 より

 

とこんなかんじでしょうか。勿論ネガティブな面もあるのだが、今回はサイエンティストに向くのでは、という側面を炙りだしてみました。このように2つを比較すると共通点が多く、非常に類似しているのがわかると思います。

彼らは常々この社会は生きづらいと考えており、周りがバックアップする必要があると考えます。去年だかのNHKのあさイチ!でも特集が組まれており、よりよいマッチング、周囲の理解が必要であると考えます。

その中でも今後必ず社会に役立つデータサイエンティストはひとつの選択肢になりうるのではと思います。アカデミアの方はもう人事的に絞りきってますし、日本を再び盛り上げる意味でも意義深いのではないでしょうか。

 


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