データジャーナリズム記事を査読する(その2)

元記事はこちらです。

データジャーナリズムで検証するフクシマの風評被害の虚実|ジャーナリストキャンプ報告「震災後の福島に生きる」|ダイヤモンド・オンライン http://diamond.jp/articles/-/38458

 

今回は構成を中心に見て行きたいと思います。

まずタイトルはまあ色々ですが基本的には過不足のないものであるべきです。どこかのタブロイド紙やスポーツ新聞の一面の見出しでは問題外ということです。

次に著者ですが、タイトルのつぎですね、順番で言うと。所属と連絡先くらいは示すべきでしょう。データジャーナリストであると同時に(あるがゆえに)サイエンティストでもあるべきと考えます。

全体の要旨がないようです。示すべきです。

 

まずはイントロダクション、導入の部分がまだ曖昧です。風評被害があった、とのことですが、出典がありません。どのような風評被害がどのように記事として記述されていたのか具体例を示すべきです。

同じく導入の部分でこれまでの部分と比較してどのような部分が新しい調査なのか、を記述するべきです。

 

(取材の)方法についてですが、どのような方法を行なってどのようなデータを得ようとしたのか、第三者が見て追試できるように記述するべきです。本手法が登用される恐れについてはデータを速く見つけてくることではなく、そこから何が言えるのか、がデータジャーナリストの生命線です。ですから虚偽記載が疑われることの無いよう、具体的に記述するべきです。

また方法の部分に関して非常に記述が少なく非常に曖昧で、結果部分や考察(と呼ぶべきか個人的な感想と呼ぶべきか)の部分に混在しています。

グラフの縦軸、横軸の記述、及び単位がなく、なんのグラフであるのかが大変不明瞭です。

 

「⾵評被害、本当はなかった」という仮説を⽴て検証に挑む、の段落でストーリーのような文言がありますが、これは導入の部分で書くべきか、削除するべきです。一度結果が出てきて議論がなされているのに再び何を議論するのか、スタートに戻ってしまうのかオーディエンスに困惑を与えます。

出荷時期の遅れが下落原因の可能性も、の段落ではデータ不足が理由に個人的な心情が述べられています。データ不足を理由に何か記述するのはかえって記事の信頼度を下げてしまうのでヤブヘビといえるでしょう。

経済的被害=⾵評被害だけではない、ではほぼ全て必要ないでしょう。単なる定義の問題であり、ここでの定義に基づいて議論していけば良いだけの話だと思います。

 

そして結論ですが、当初の目的がないので結論も大変曖昧なものになっています。風評被害がどの程度示せたのか、どの程度新規性を持って知見が得られたのか定量的に議論しないとデータジャーナリズムの意味をなしません。示せたとは思っていない、などの文言も全くもってヤブヘビです。全く説得力のないものになってしまいます。

 

通常でしたら即刻リジェクトもいいところでしょうか。もっとポリッシュアップするべきです。

次回の査読は各論、データの妥当性等を述べて行きたいと思います。


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