(もう少し詳しく)政党のマニフェストは科研費申請書に同じ

以前の記事「サイエンティフィックなマニフェストを望む」は昔の記事をそのまま転載したのですが、もう少し詳しくかければと思い、書き足したいと思います。

まず「科研費申請書」ですが、研究者の方ならば大変馴染み深いもの、研究費獲得のための申請で、文科省が主幹になっているものです。で研究するための費用をいただくので基本的には額が多ければ多いほど大変な量の書類を必要とします。

その中身ですが、大雑把に以下のとおりです。

  • 「研究目的」
  • 「研究計画・方法」
  • 「これまでに受けた研究費とその成果等」
  • 「研究経費の、妥当性・必要性 」

研究目的はそのものズバリです。ただし科学研究は常に新規性を伴うのでこれまでどんな研究がなされたかという到達点と、申請者はその到達点に対してどのようなブレイクスルーを行うのかを論理的に記述しなくてはなりません。まあサイエンティストなら論理的記述は苦にしませんが、従前の記事「脱ゆとり教育から論理思考的教育へ –  http://blogos.com/article/51067/」のように理解できないと難しいかと思います。

研究計画・方法はその研究目的に対してどのようにアプローチを試みるのかをこれまた具体的かつ科学的に書く必要があります。

これまでに受けた研究費とその成果等、は読んで字の如くですがこれまでどのようなブレイクスルーという実績を行なってきたのかを見ます。

研究経費の、妥当性・必要性、はその費用内訳に対しての妥当性を述べる必要があります、過不足はないか、何故その分析機器を購入するのか、ほんとうに必要なのかを述べます。

このようにして研究費獲得のための評価が行われその計画にそって着実に実行に移していくわけです。

今回言いたいのは政治家の皆様たちにも是非ともこのマニフェストを科研費申請書の雛形に落としこんでいただきたいということです。これまで何をしてきたのか、今後どのような理由で新しい政治を行いたいのか、どれくらいの費用がかかるのか、その国家や地方予算に対する妥当性、本当に必要なの?、それって実現可能?、等など、、、あれ、科研費申請書と全く同じですね。

論理的に述べることによって感覚や私情を挟むことなしに国民一人一人が論理的に評価可能となります。科研費申請評価を感覚や私情で評価したら大変です。それと同じ事です。このようにして科研費申請書≒マニフェストの政党版、個人版ができますよね。これをたたき台にするべきです。

まだまだ科学的、論理的ポイントビューではなく感情や私情や空気が支配する国「日本」で上記は政治家や国民が身につけるべき、まだまだ足りてないな、と思います。もっと理解が必要と考えます。そのためにあの記事を書いた、という意味合いもあります(あの記事=”脱ゆとり教育から論理思考的教育へ http://agora-web.jp/archives/1503096.html”)。といってもわからない人はいるんですけどね。その人たちも言い分が常に共通しているんですよね。それはまた別の機会に述べます。

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